概要
2026年、Mandiantによる年次脅威レポート「M-Trends 2026 日本語版」が公開されました。M-Trendsは、サイバーセキュリティの現場で得られた実践的な知見と、進化し続ける攻撃者の戦術・手法に関するインテリジェンスをまとめた年次レポートです。第17版となる今号は、2025年1月1日から12月31日までにMandiant Consultingが対応した、50万時間以上に及ぶ標的型攻撃活動のインシデント調査に基づいています。
今回のM-Trends 2026は、Google Threat Intelligence Group(GTIG)との協力のもと、攻撃者がAIを活用して攻撃ライフサイクルを加速させている実態や、初期アクセスを取得した攻撃者が別のグループへアクセス権を引き渡す「ハンドオフ」の高速化、ランサムウェアが単なる暗号化から「復旧妨害(Recovery Denial)」へと目的を変化させている点などを重点的に取り上げています。Mandiantの最前線の見解では、AIによる直接的なセキュリティ侵害はまだ確認されていないものの、ほとんどの侵入は依然として人為的ミスとシステム上の欠陥に起因しているとされています。
レポートの内容(抜粋)
攻撃ライフサイクルの高速化(ハンドオフの短縮)
サイバー犯罪エコシステムでは、初期アクセスの獲得を専門とするグループと、ランサムウェアのデプロイなど影響の大きい活動を担当するグループとの分業(2025年の侵入の9%、2022年の4%から増加)が進んでいます。2022年、初期アクセスから二次グループへのハンドオフまでの時間の中央値は8時間以上でしたが、2025年には中央値わずか22秒にまで短縮しました。防御側が検知・対応できる猶予が、文字どおり「秒単位」に圧縮されていることを示す象徴的な数値です。
世界全体の滞留時間(Dwell Time)
2025年の世界全体の滞留時間の中央値は14日間で、2024年の11日間から増加しました。内部検知インシデントの滞留時間は9日間とほぼ横ばいだった一方、外部通知による発見までの期間は25日間(2024年は11日間)へと大幅に悪化しています。長期化の背景には、サイバーエスピオナージや北朝鮮のITワーカーによる長期潜伏活動があり、これらのインシデントの滞留時間中央値はいずれも約4か月(122日)に達しました。
初期感染ベクトルの変化 ― ビッシングが2位に浮上
最も多く観測された初期感染ベクトルは、6年連続で脆弱性の悪用(32%)でした。特筆すべきは、音声ベースのソーシャルエンジニアリング「ビッシング」が11%を占め、初めて2位に浮上した点です。一方、メールフィッシングは2024年の14%から6%へと大幅に減少し、世界的に見て主要な初期侵入経路ではなくなりつつあります。3番目に多かったのは「過去の侵害(他の攻撃者が築いた足場の利用)」で9%、認証情報窃盗は9%、ウェブ侵害は8%と続きました。
特に悪用が目立った脆弱性
2025年は、インターネットに接続された企業向けWebアプリケーションを狙うゼロデイ脆弱性の悪用が目立ちました。代表例として、SAP NetWeaver Visual Composerの認証不備(CVE-2025-31324)、Oracle E-Business Suiteの認証不備(CVE-2025-61882、CL0Pによる恐喝キャンペーンで悪用)、Microsoft SharePointの「ToolShell」(CVE-2025-53770)が挙げられ、いずれも財務データや内部文書に一元アクセスできる基幹システムが標的となりました。
検出ソースの傾向
2025年は、組織が自ら不正アクティビティを検知したケースが52%(2024年は43%)に増加し、外部機関からの通知は43%から34%に減少しました。攻撃者からランサムノートなどの形で通知を受けたケースは14%でした。組織自身による検知能力の向上がうかがえる一方、攻撃者からの通知で発覚したインシデントの滞留時間は7日と短く、被害が顕在化するスピードの速さも示しています。
ランサムウェアの脅威 ― 「復旧妨害」への転換
ランサムウェア関連の侵入は、2025年の全インシデントの13%を占めました。注目すべきは、攻撃者の主目的がデータ窃取から意図的な「復旧妨害」へとシフトしている点です。バックアップインフラ、IDサービス、仮想化管理プレーンを組織的に狙い、復旧手段そのものを破壊することで身代金の支払い圧力を強める手口が確認されています。最も多く観測されたランサムウェアファミリーはREDBIKE(Akira)で15%、次いでAGENDA(Qilin)でした。ランサムウェア関連インシデントの初期感染ベクトルは「過去の侵害」が30%(2024年は15%から倍増)でトップとなり、脆弱性の悪用(27%)、ブルートフォース攻撃(20%)が続いています。
クラウド環境における脅威
クラウド関連侵害の初期感染ベクトルは、ビッシングが23%で最多となり、サードパーティ侵害(17%)、認証情報窃盗(16%)、メールフィッシング(15%)、インサイダー脅威(14%)が続きました。クラウド侵害の59%でデータ窃盗の証拠が確認され、34%が雇用詐欺やデータ恐喝など金銭目的の活動と関連していました。UNC3944やUNC6240によるビッシングを起点とした大規模なデータ恐喝キャンペーンのほか、中国関連(PRC-nexus)とみられるUNC5221がSaaSプロバイダを踏み台にした大規模データ窃盗を行うなど、サードパーティ・SaaS経由の連鎖的な侵害が目立ちました。
AIの悪用と脅威アクターの動向
脅威クラスタは偵察、ソーシャルエンジニアリング、マルウェア開発などの生産性向上のためにAIツールの導入を加速させています。PROMPTFLUXやPROMPTSTEALといったマルウェアファミリーは、検知回避のため実行中にLLMへ問い合わせを行うことが確認されました。また、認証情報窃取ツール「QUIETVAULT」が、侵害環境内のAI CLIツールを探索し設定ファイルを窃取する事例も報告されています。一方でMandiantは、2025年にAIが直接的な侵害の原因となった事例は確認しておらず、依然として多くの侵入は人為的ミスとシステム上の欠陥に起因すると強調しています。
国家系アクターの活動
北朝鮮のITワーカーは、偽造または窃取したIDを用いて雇用詐欺を行い、最終的に北朝鮮政府へ資金を提供する事例が引き続き確認されており、平均滞留時間は約4か月(122日)と高い永続性を維持しています。また、中国関連(PRC-nexus)とみられるサイバーエスピオナージクラスタ(UNC5221、UNC5807、UNC6201など)は、SaaSプロバイダやEDR非対応のエッジデバイスを標的とし、BRICKSTORMなど検知回避性の高いバックドアを用いて長期潜伏する手口が目立ちました。エッジデバイスやコアネットワーク機器への組織的な悪用は、国家系アクターによる復旧妨害・長期諜報活動の双方に共通する手口として観測されています。
MITRE ATT&CKによる分析
2025年に最も頻繁に確認されたMITRE ATT&CK手法は、5年連続で「T1059:コマンドとスクリプトのインタープリタ」(45.9%)でした。以下、「T1074:データのステージング」(39.6%)、「T1083:ファイルとディレクトリの探索」(33.5%)、「T1021:リモートサービス」(30.6%)、「T1190:一般公開されているアプリケーションの悪用」(27.7%)が続いています。
補足コンテンツ
各セクションの概要と重要なポイントに絞ってまとめられたブログ記事や、レポートの詳細を確認できるGoogle Cloud公式レポートページもあわせてご覧いただけます。
まとめ
M-Trends 2026が示す最大のポイントは、攻撃者間の「分業」と「ハンドオフ」の高速化により、侵入発生から重大な影響が生じるまでの猶予が秒単位にまで圧縮されているという事実です。同時に、ランサムウェアの目的がデータ窃取から復旧妨害へ、初期侵入経路がメールフィッシングからビッシングへとシフトするなど、防御側が想定すべき脅威モデルそのものが変化しています。
こうした変化の速い脅威環境に対応するには、影響の小さいアラートであっても軽視せず、脆弱性管理・ID管理・バックアップ/仮想化基盤の強化を継続的に行うとともに、最新の脅威インテリジェンスを活用した先回りの防御態勢構築が不可欠です。







